浜田省吾は自らの音楽活動について、ライブとCD制作を二本柱と位置づけている。いわゆる車の両輪ってことで、どちらか片方が欠けても音楽道を突っ走ることはできやしない。
そのライブとCD制作については、次のように語っている。
「 変なたとえですけど、コンサートは産業でいうと“実業”なんです。現場にたくさんの人が集まって成り立つ。利益は少ないけど、確実に仕事をしてみんなが生きている。それに対して、CD制作は投機。金融業に近い。あるとき当たって大儲けする、というね。
でも、バブル経済にしても、そういう方向ばかりになって弾けたわけでしょう。ちゃんと製造業があった上で、金融や不動産投資があるべきだと思うんですよ。だから、コンサートにこだわっている僕は、その一番の根幹をやっている。
ライブに向かう意識も、昔はまず自分が先だったのが、今はまずオーディエンスがいて、次に俺たちがいるっていう感じになってます。これだけ長く自分が音楽をやってこれたのは、やっぱり彼らが支えてくれたからです。」(日経エンタテイメント1999年6月号より)
何という冷静な見方をしているのだろうか。普通、ミュージシャンであればCD制作も立派な創作活動であり、充分に実業と言えるはずだ。
それを敢えて投機と言い切ってしまうあたり、芯の強さを感じる。
恐らくCD制作にはライブほどの人手と経費はかからず、メガヒットとなったときには、その分莫大な利益を生み出す可能性があるから投機という表現をしたのだと思う。
逆にライブは大勢のスタッフが関わることが前提となり、利益を出すには様々な工夫が必要となる。文字通り汗をかいて必死に稼ぐ仕事だ。
世の中の経済活動でも、モノ作りをする製造業がしっかりと機能した上で、投機に励む金融業が成立する。その投機でラクに稼ぐという感覚が染み付いてしまうと、地味で苦労も多い製造業が割に合わない仕事に思えてしまう。
その結果、製造業離れが進んで、モノ作りをしていた人たちが不動産や株式の投資に血眼になった時代があった。
そう、バブル経済と呼ばれた1980年代後半の現象だ。
そのバブル経済が崩壊することを、浜田省吾は独特の感性で予見していたと他の章で述べた。それなら、バブル経済の後始末にジタバタする世間に対し、「そらみたことか」と評論家気取りですましていることもできたはずだ。
しかし、浜田省吾はそんな態度は取らなかった。その導き出した答えは次のようなものだった。
「 特に90年代に入って、こんな不景気ですごく厳しい時代になって、その中をみんな頑張って過ごしているわけじゃないですか。僕自身の音楽人生や作品のことだけを考えるなら、時間をかけてアルバムをつくった方がいいかもしれない。でも、これまで僕を支えてくれた人たちがそれぞれの現場で一生懸命頑張っているのに、自分だけが隔離された別世界にいて、音楽をつくるのは恥ずかしいと思った。」(日経エンタテイメント1999年6月号より)
つまり、苦労も多く利益も少ないライブは止めてしまって、じっくりとCD制作に専念することもできた。でも、それだと必死で不況に耐えているファンの人たちに申し訳ない。だったら、ファンが本当に喜んでくれるライブを続けて楽しんでもらいたい。そう考えて、ON THE ROAD 2001という前代未聞の4年間に及ぶライブツアーを敢行したわけだ。
ライブが製造業という浜田省吾的解釈であるなら、どこまでもモノ作りにこだわっていることになる。まさに頑固一徹の職人気質と言えよう。
そこには「稼げれば良い」というお気楽な考え方は存在しない。ここまでファンのためを考えて行動するミュージシャンだから、そのファンも裏切るはずは無い。ライブはどの会場も満員御礼だ。
話を日本経済に戻すと、バブル後のリストラや企業破産地獄を経験して、製造業は本業回帰を目指した。その血の滲むような努力の甲斐があって、景気は落ち着いてきたと言えよう。
しかし、今またネットトレーダーがもてはやされ、空前の株式ブームが起きている。自宅に引き篭もって株の売買益で稼ぐことや、ネット広告などの不労所得によって生活することが若者の憧れのライフスタイルになっている。
そんな虚業が流行する時代の空気は、30代~40代のビジネスマンの皆さんならデジャビュ(既視感)の錯覚が起きないだろうか?
確か過去にもそんなムードで盛り上がった時期があったはずだ。
そう、1980年代後半のバブル期だ。あの時ほどの浮かれ気分では無いにしろ、今もモノ作りからかけ離れたところで稼ごうとする人々が増えている。それを煽るマスコミ情報も氾濫している。
例えば、「ネット株売買で1億稼ぐ」「アフェリエイト月収を100万円にする」「ダイエットで稼ぐ」こんなキャッチコピーがあちこちで目につかないだろうか。ちょっと考えれば胡散臭さ100%だと気づいても良さそうなものだ。
バブルの後には強烈なシッペ返しが待っている。その事は痛いほど学習したはずだ。その予防法は、浜田省吾が身を持って教えてくれた。
自分にとって何が本業であり、どうすれば顧客は喜んでくれるのか。その原点を見失うことなく事業を継続することに尽きる。欲におぼれて、投機に走ることなかれ。
投稿者 : 2006年04月12日 02:59 [ 管理人編集 ]