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ライブと採算性

 ミュージシャンのファンであれば、そのミュージシャンのライブに参加して、ナマの音楽に触れてみたいのが人情だ。
 しかし、当のミュージシャンにとって、ライブにかかる経費は頭痛のタネのようだ。というのも、ライブには照明や舞台美術、音響など多くのスタッフが必要で、会場の確保やチケットのセールスにも経費や人手はかかる。
 これが全国にツアーに出るとなると、スタッフを丸抱えで移動するわけだから、そのコストは膨大となる。経営で一番コスト高となるのは人件費だが、ライブは多くのスタッフを必要とするため、どうしても経費は高くついてしまうらしい。

 ファンはそんな事情にはお構いナシに、お目当てのミュージシャンの全国ツアーを渇望するのだが、その期待にこたえるのは相当にきついのが実情のようだ。

 そんな予備知識を得て浜田省吾のライブを観察すると、いろいろと考えさせられる。

 なぜかと言えば、浜田省吾のライブには、見るからに費用がかかっていることが明白だからだ。

 まず舞台装置が大掛かりで、大型モニターには全国各地の風景が映し出されている。いわゆるご当地映像をふんだんに使う。

2001年の“ON THE ROAD 2001”ツア-からは、アリーナ席の中央部を潰してセンター・ステージを設けている。これはアリーナ席の後部であっても、ライブの臨場感が味わえるようにする配慮だと思うが、その狙いは見事に成功している。ライブ後半部のセンター・ステージでは、1万人規模のアリーナの観客が、小さなライブハウスで盛り上がるような雰囲気となる。
浜田省吾がセンター・ステージの真下にいるファンに対して「今日は夫婦で来たの?」等と語りかければ、本当にそこが100人規模のライブハウスであるような錯覚に陥る。
ファンにとっては嬉しい限りのサービスぶりだが、このセンター・ステージを設けることで座席を潰しているので、貴重な売上を削っていることになる。

更には、ツアーの企画自体にも驚かされる。

1998年から1999年にかけての“ON THE ROAD 2001”ツア-前半部では、主に全国の小ホールを回っている。座席数が2,000にも満たないような会場を回るので、収支はカツカツであったろう。
極めつけは、奄美大島でのライブだ。離島まで機材を船便で運び、スタッフは航空機の定期便をほぼ貸切状態で移動している。その様子はDVDの「ON THE ROAD 2001」に収録されていて映像で確認できるが、傍目に見てもこれは赤字だろうという印象だ。

また、同ツアーでは野外コンサートも行ったが、そのコンセプトは「雨天順延」だった。実際に昭和記念公園では雨に祟られ、翌日に延期をしてライブを実施した。これも経費はかかっている。

このように、浜田省吾のライブは尋常ではないファンへの配慮と、採算度外視ではないかと思わせるほどの思い切りの良さを感じさせる。

 それでも、ライブ・ツアーについては赤字では無いようだ。浜田省吾は初期の頃はホリプロダクションに所属していたが、ライブをレコードのセールスのためのツールとしか位置づけず、ライブの採算性を軽視する方針に納得がいかなかったようだ。
 それで1983年に現在のROAD&SKYという事務所を設立し、ライブ中心に音楽活動を継続するようにしたと語っている。そのためには、当然ながらライブで利益を出さなくてはならない。
 ファンには窺い知れない部分だが、ファンに満足を提供しつつ、ライブで収益を得られるように賢明な経営努力がされているはずだ。

 恐らく個々のライブ会場では赤字となった所もあるかもしれない。しかし、ツアー全体では収益を上げているはずだ。

 このような収益を出す仕組みは、経済活動でも共通する部分がある。例えば、会社の決算で言えば、単独の企業では赤字であっても、グループ企業全体の連結決算では黒字になるケースもあろう。
 もう少し小さな事例では、小売業のある売り場で、単品では人気商品を赤字販売しても、それが集客剤の役割を果たし、売り場全体では売上が伸びる。よって粗利益はミックスされて、黒字となるというケースもある。

 つまり、時として赤字になるような冒険をしても、それが顧客に大きな感動を与えれば、後からその出血分を補って余りあるほどの収益をもたらす可能性があるのだ。

 ただ、ビジネスマンが注意をしなくてはいけないのは、赤字の先行投資の見極めだ。いつかは利益が出ると予測して、延々と赤字事業を継続した結果、取り返しの付かない事態に陥っては元も子も無い。
 先行投資については、一定期間の評価をして、採算に合う見込みが無ければ打ち切る覚悟も必要だ。

 情熱的な冒険と、冷静なそろばん勘定と、その両方を天秤にかけながら事業を続けたいものだ。

投稿者 : 2006年04月12日 02:53 [ 管理人編集 ]