浜田省吾はライブ会場の規模の違いに応じて、ライブの内容や趣向を変えている。大別すると1,000人規模のホール会場、10,000人規模のスポーツ・アリーナ会場、数万人規模の野外公園会場という位置付けだ。
アリーナクラス以上では、ライブの際の視覚的工夫が重要となる。なぜなら、会場は広く後部の座席からはステージ上のミュージシャンは数cm程度の大きさにしか見えない。座席位置の違いで、ライブの臨場感が変わってしまうという不公平が生じる。
そこで、浜田省吾はアリーナ会場では大型スクリーンを導入するようにスタッフへ求めた。大型スクリーンでライブ・パフォーマンスの様子を投影すれば、会場の隅の座席であってもファンは盛り上がることができる。
野外ライブでは、このような大型スクリーンを活用するのはスタンダードな流れとなっているが、室内アリーナではまだ希少だ。その理由としては、やはり大型スクリーンのレンタル費用の問題がある。
そこは費用対効果の検討と、運営スタッフの懸命の努力があったのだろう。
浜田省吾のアリーナ会場でのこだわりはもう一つある。それは前面のメインステージの他に、センターステージを設置することだ。
センターステージとは、アリーナ席の中央部にプロレスのリングのような特設ステージを設けて、ライブの後半部はその場所で演奏を行うスタイルだ。ステージを2つも作るのだから、経費は余計に増す。
また、センターステージを作ることで中央部の座席を潰すことになるので、その分の入場料収入は減る。
メインステージでは大型スクリーンを活用して映像をフルに流し、更にセンターステージまで追加するわけだから、その経費コントロールには頭が痛かっただろう。
そのようなコスト的デメリットを抱えてまで、どうしてセンターステージにこだわるのか?
その答えは浜田省吾が求めるライブのクオリティにある。
浜田省吾はライブの醍醐味は生の演奏と観客との親密性にあると考えているようだ。ステージ上のミュージシャンと観客の一体感が味わえるのは、1,000人規模のホール会場が限界だ。
遠山も過去のON THE ROADツアーにおいて、ホール会場とアリーナ会場
の両方を体験したが、ホール会場の親近感と比べて、やはりアリーナ会場ではどこかによそよそしさを感じたものだ。
ホール会場では自分が叫んだ歓声が浜田省吾に届いていることが実感できるが、アリーナ会場ではそうはいかない。周囲の観客も同様に感じているためか、どうも行儀良く曲を聞き入る形になってしまう。
浜田省吾はライブ会場の違いによる温度差についても、何とか改善したいという気持ちがあったのだと思う。
そこで、アリーナの中央部にセンターステージを設けることで、座席の不公平感を緩和し、ライブ後半部はアリーナをホール会場の雰囲気に変えるマジックを披露したのだ。
このマジックは大好評で、メインステージでの演奏とは異なった盛り上がり方を実現した。
また、会場へのこだわりとしては、ドームやスタジアムではライブをしないというポリシーもあるようだ。
これは過去に横浜スタジアムでライブを行った際に、アリーナでも野外でもない施設で演奏をする難しさを感じ取ったからと述懐している。
つまり、浜田省吾は会場の規模や施設を層別して、それぞれの適切なサービスの仕方を作り上げているのだ。一定のサービスレベルに達しない施設では、ライブをしないという主義も徹底している。
このように場所や客層に応じたサービスの層別や絞込みは、ビジネスの場面でも必須といえよう。
よく「お客様には平等に接する」という原則論を標榜する職場があるが、この鉄則も運用を誤るとサービスの画一化と酷評されてしまう。
例えば、家具の接客でも単品のテーブルだけを探しにくるお客と、婚礼家具一式を探しにくるお客とでは、販売員に求められる商品知識や接客レベルは大きく異なるだろう。
それなのに、単品の購買客と同じ程度の応酬話法しかできなければ、大型商談を逃すことになってしまう。
商機を確実にGETするためには、顧客層の違いを理解して、それぞれの客層の心理にジャストフィットする商材の提案や提供ができなくてはならない。
少し話題は変わるが、今は何でも低価格志向で、販売店はローコストオペレーションこそが万能だという哲学が浸透しつつある。
確かに消費者にとって、良いものがよりやすく買えればありがたいことだ。
しかし、「安ければ必ず売れる」ものではないという現状認識も必要だろう。外資系のスーパーで新学期用品としてランドセルを破格の値段で売り出しても、これはほとんど売れなかったという。
アングロサクソンの合理思考だと、安価で品質は通常のランドセルを売り出せば、過剰スペックで高い日本製のランドセルを駆逐できるというシュミレーションが成立する。
だが、実際には高級ランドセルばかりが売れて、それなりのランドセルは在庫の山を築くことになった。
これは日本人の父母や祖父母の「子供には良いものを贈りたい」という心情を理解しないマーケティングの失敗といえよう。
このようにサービスというものは均質であることが良いとばかりは言えない。浜田省吾がライブ会場の規模に合わせてコンサートの内容を工夫するように、ビジネスの現場でも顧客の要望に応じたサービスレベルの差別化は必要だ。
投稿者 : 2006年04月12日 02:48 [ 管理人編集 ]