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口コミによるマーケティング

 浜田省吾をテレビで見かける機会は、本当に少ない。歌番組には出演しないし、ドラマやCMのタイアップで曲が流れることも無い。
 しかし、1998年から2001年にかけて敢行したON THE ROAD 2001ツアーでは、全国127ヶ所で196の公演を行い60万人を動員した。2000年に発売したベストアルバム「The History of Shogo Hamada"Since 1975"」は150万枚を売上げ、最近のアルバムもコンスタントに20~30万枚のセールスを記録している。

 つまり、売れないからテレビで見かけないのではなく、テレビやラジオといったマス・メディアを、セールスの手段として活用していないのだ。
 ミリオン・セールスを記録するようなヒット曲は、ほとんどの場合がドラマやCMのタイアップ曲というのが日本の音楽界の現状だ。こうしたタイアップやテレビの活用無しにアルバムを売ってヒット・チャート上位に入ったり、ライブで1万人収容のアリーナを満杯にするのは驚異的だ。

 ここで単純な疑問が生じる。

 歌番組やCM等で全く耳にしない曲なのに、どうして売れるのか。更にはライブのチケットは当然のごとく発売即日にSOLD OUTとなるわけだが、これも不思議だ。
 一体、浜田省吾のアルバムを買ったり、ライブに参加する人は、どこで浜田省吾の存在を知ったのだろうか?

 ライブ会場に行くと、そこに集うファンの年齢層は30代から40代が中心だが、10代や20代も見かける。(もちろん、50代以上のファンもいる。)
 10代や20代の年齢層は、比較的最近に浜田省吾を知ったはずだ。しかも、テレビ以外の接点から。

 恐らく、親や年の離れた兄弟が浜田省吾ファンであったり、会社の忘年会で上司がカラオケで歌う「J.BOY」や「MONEY」を聞いて興味を持ったとか、そういうきっかけでアルバムを聴くようになったのではないだろうか。
 つまり、もの凄く身近な人から影響を受けて浜田省吾の曲を知り、競争率の高いチケットを取るために何度も電話をする苦労を経て、ライブに辿りついたわけだ。

 このように親兄弟や友人、恋人からお気に入りの音楽を勧められ、それがお気に入りとなって、気が付けばロングセラーのヒット曲となっていくという様子は、まさに口コミの力であり、最も自然な音楽の波及の姿ではないだろうか。

 浜田省吾のファンは、親しい人にアルバムを聴かせたり、ライブの感動を話したりということをマメにしているように思う。
 そこには感動を人に伝えたいという単純な動機の他に、テレビでは絶対に知りえない浜田省吾の音楽の良さを、自分が伝播しなくてはという使命感もあるように思う。

「俺が浜省の歌を広めなければ、誰がやるんだ。」

 このくらいの心意気のファンも多いだろう。ファンにそこまで支持されるようになれば、口コミ・マーケティングは大成功と言える。
 まるでマッキントッシュの熱烈なユーザーが、Macの良さを延々と語りだしてエバンジェリスト(福音伝道者)と称されるように。
 遠山の場合は、浜田省吾教のエバンジェリストでありたいと思っているわけだが。

 ON THE ROAD 2001ツアーの頃からは、インターネットも普及し、ライブの様子をネット上に逐一報告しあうファンが増えた。
 最近では、ブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のmixi(※注1)で、ライブの感想を公開するファンが急増している。
 余談となるが、遠山がこの本を書くきっかけとなったのが、mixiに公開したライブ参加の感想だった。その日記を見てくれた企画者から、ビジネスや経済学的視点から浜田省吾について書いてみないかとお誘いを頂いたのだ。

(※注1)
ブログとは、簡単な手順で日記形式のホームページを公開するツールで、この普及によってホームページを公開する個人が急増している。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスとは、ブログを会員制にしたようなツールで、同好の士によるコミュニティが盛り上がっている。

 このように、ファンが勝手に新しいファンを呼んで来るようになれば、放っておいても商品は売れる。この段階に至れば、派手なプロモーションや費用のかかる宣伝・広告は控え目にしても良いわけだ。

 通常、消費者が購買行動に至るまでには、様々な心理的障壁が存在する。例えば、ふと耳にした曲を良いと思っても、そのCDを即購入するわけではない。CDショップまで出掛けるのが億劫だったり、ネット予約すら面倒と感じるものである。
ましてや、ライブとなれば繋がらない電話を何回もかけて、予定を調整して会場まで出掛けなくてはならない。
そんなハードルを乗り越えても、「欲しい」と思わせる何かがなければ、結局販売機会を喪失してしまうのだ。

 しかし、親しい知人からの口コミという後押しがあった場合、大抵の人は「それなら買ってみようか。アイツが言うなら間違い無いだろうし」と思うわけだ。
 この場合は購買行動に結びつきやすい。

 一般のビジネスであっても、いろいろと宣伝活動はしているのに、あと一歩のところで購買(契約)まで至らないという現象に悩むことは多いと思う。
 売り手側が必死に宣伝すればするほど、皮肉なことにお客は離れていくこともある。これはお客側から見れば、見ず知らずの営業マンが強引に商品を押し付けようとしているという印象を抱いてしまうからだ。

 そんな時には、商品やサービスの品質の良さを追求し、既存顧客がリピーターとなり、更には新しい顧客を連れてきてくれるという循環を作り出す努力をすべきだろう。
 そのためには、サービスレベルを維持し続け、口コミの評判を上げるに尽きる。一朝一夕に信用は醸成されるものでは無いが、これが出来れば事業は安泰となるはずだ。

投稿者 : 2006年04月12日 02:44 [ 管理人編集 ]