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顧客に優しいサービス

 ライブの帝王である浜田省吾にとっても、野外ライブは特別なイベントだ。通常のライブ場合は「みんなの街へ行く」という言い方をするが、野外の場合は「遊びに来て欲しい」と語る。
 それだけ野外ライブにはファンを接待するような気分が働くらしい。

 そんな特別な野外ライブだが、近年では1999年夏に開催している。その時も8年ぶりとなる野外ライブであり、とにかく貴重な機会だった。

 この1999年の野外ライブを企画するにあたり、浜田省吾はライブ会場に関していくつかの要望を挙げたという。
 それは、まず公園が全面芝生であること。そして、面積のゆとりがあること。(5万人が収容可能な会場に対して、チケットは2~3万枚しか発行しなかった。)
 更にはトイレ・売店・駐車場が充分に用意できること。

 これらの条件を満たす会場は意外と見つからず、スタッフは懸命に全国の公園をリサーチしたそうだ。
 そして、最終的には北海道のキロロリゾート、広島の備北丘陵公園、東京の昭和記念公園が選ばれた。

 全面芝や面積的なゆとりについては、恋人や家族と一緒に来て、ゆったりと座ったり寝転がったりできるようにしたいとの思いだったそうだ。
 トイレについては、とにかく数を充実して、トイレ待ちの間に演奏が数曲終わってしまうような事態にならないような配慮だ。売店はアルコールを買ったり、子供が退屈しないように。駐車場に関しては、家族連れが余裕を持って行動できるようにとの狙いだ。

 これらは屋外でイベントをする際には常識だと思えるが、このように行き届いたライブは少ないのが実情だ。
 何よりも、野外ライブは経費も莫大となるため、会場のキャパシティの限界までチケットを発行するのが常識化している。そのため、会場はスシ詰めとなり、トイレで30分待ちとなったり、迷子や行方不明の遭難者が溢れることも珍しくない。
 にも関わらず、ファンがゆとりをもって参加できる条件整備を第一に考えるのはサスガだ。

 ミュージシャン自身がこのような細かい配慮をするのは、本当に素晴らしい。だが、浜田省吾のこだわりは、もっとスゴイところにあった。

 それは野外ライブについては「雨天順延」というコンセプトにしたことだ。

 野外イベントで雨天順延というのは、ある意味当たり前のことかもしれない。しかし、順延というからには予備日を用意する必要がある。野外ライブには大型スクリーンや照明、動力装置そして大勢のスタッフの人件費など、とんでもないコストがかかる。
 それを予備日の分まで確保すると、単純計算で経費は2倍となってしまう。

 恐らく、最初に「雨天順延」というコンセプトを聞いたステージ責任者は、顔面蒼白になったに違いない。ひょっとしたら、卒倒してしまったかもしれない。とにかく、運営者にとってはそのくらい過酷な条件なのだ。

 とにかくビジネスに徹して利益を追求するなら、会場はスシ詰めにして「雨天決行」にするべきなのだ。経費を1日分に抑えて、チケットを多量に売りさばけば、儲かって仕方が無いはずだ。

 そうした野外ライブのあり方について、浜田省吾は次のように語っている。

「 音楽ビジネスという面から考えれば、雨天でもコンサートは決行すべきなんでしょうね。でも、それは、目先のビジネスで、その場で損をしないだけなんですよ。野外コンサートについての業界の常識に対して、アンチ・テーゼを示したかったんです。そして、口で言うだけでなく、実際にそれを実行し、こうしたやりかたでも成功を収めることができるということを証明したかった。ぼくは、これは小さな種にすぎないかもしれないけれど、必ず実を結ぶとおもっています。」(アサヒグラフ 1999年9月24日号より)

 つまり、雨天決行のような目先のビジネスでは、観客に酷な思いをさせることになってしまう。土砂降りの中で風邪をこじらせて肺炎にでもなれば、そのファンにとってはマイナスの意味で伝説のライブになってしまうだろう。
 すると、その観客は二度と野外ライブには行こうとは思わなくなる。そのようなファン無視のライブはできないというのが浜田省吾の配慮なわけだ。

 それでも、ライブで赤字を出すわけにはいかない。このようなファンに優しい野外ライブを行いつつも利益は出す。その実績によって、他のミュージシャンもファン優先の野外ライブのモデル例として考えるようになる。
 浜田省吾は、そこまでの大局的視点で行動したそうだ。そこにはライブの先駆者としての誇りと自覚が垣間見える。

 世の中には経済効率ばかり追求して、顧客の立場を見失う事例はいろいろとある。例えば、2005年のJR福知山線の列車事故は、過密ダイヤで運転士を追い込むあまり起きてしまった可能性が取り沙汰されている。
 他社との競争や効率に焦るあまり、最も大切な安全性が損なわれてしまった。

 目先の利益や効率ばかり追っていると、人は近眼的行動しか取れなくなっていく。その結果、事故でも起こして顧客からソッポを向かれては元も子もない。
 自分が関わる事業にとって、本質的な顧客サービスとは何か。その問いかけを忘れてはいけないだろう。

投稿者 : 2006年04月12日 02:38 [ 管理人編集 ]