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マーケティングとライブ

 

モノ余りの時代では、どんな事業でもマーケティングが重要となる。物資の乏しい地域であれば、少々の粗悪品であっても、安価に大量供給できれば飛ぶように売れる。
 しかし、成熟した経済環境下では、そんな商品やサービスは受け入れられない。

 いかに現代のマーケティングが難しいかという好例に、1996年に大ブームとなった「たまごっち」がある。携帯玩具の先駆けとも言える商品で、子供だけでなくOLも夢中になってバーチャルなヒヨコを無機質な液晶の中で飼育していた。
 これが発売から大ヒットなって、店頭では山のようなバック・オーダーを抱えた。製造元のバンダイも、そこまで売れることを予測していなかった。

 そこで慌てて「たまごっち」の大増産をしたのだが、潤沢に商品が店頭に並ぶ頃にはブームは去ってしまった。バンダイは不良在庫を抱えることになってしまったのだ。
 つまり、二重にマーケティングの判断を誤ったことになる。当時の担当者には同情するばかりである。(2005年から小学生にたまごっちのリバイバル・ブームが起きている事も補足しておこう。)

 このように、マーケティングの予測や判断は、非常にシビアで難しいものと言えよう。そこには、いつも様々な資料やデータを検討した上でも、迷いや不安がつきまとう。

 その点、浜田省吾は最大のファン・サービスはライブであると位置づけ、過去この方針は決してブレたことがない。

 なにしろライブ・ツアーを敢行するには、バンドや舞台装置等の裏方を引き連れて全国を移動する必要があるのだ。大勢のスタッフを動員するからには、当然ながら経費も膨大。そのためミュージシャンにとって、ライブの経費は負担であり、利益性は決して良いとは言えたもんじゃない。

 というか、単に利益を追求するなら、ライブは行わず、CDのみを多量にセールスすることを考えた方が効率はいい。言うまでもないが、ライブは極力行わず、テレビ出演でCDの宣伝を繰り返し、CDセールスを重視するミュージシャンも少なくない。

 あえて名前は出さないが、そうやって多くのミュージャンは人気を獲得し、ファン層を開拓し、安定したところで、ツアーに出る。

 ところが、浜田省吾はそんな音楽業界では異色とも思えるスタイルを貫いている。

ライブ優先だ。

 しかもテレビ出演やコマーシャルやドラマとのタイアップはほとんど行わず、プロモーションもむしろ控え目。

 売る気がないと思えるほどである。

 にもかかわらず、採算性が低いライブを精力的に展開し、チケットは即日完売。しかもファンの間では、そのライブは年々進化していると評価も高い。つまり、驚くことにソロデビューから30年を経過しても、更にライブの質は向上しているのだ。

 残念ながら、これはライブ経験者にしか分からないが、そのブレない姿勢は圧倒的なメッセージになっている。

 結果として、この質の高いライブを提供し続けることで、CDアルバムも安定的にセールスを計上。つまり、浜田省吾はファンが喜ぶことを第一に考えて行動し、その上でプロモーターとして、採算性も両立させる手腕を発揮しているのである。

 ちょっと考えれば、テレビ出演やコマーシャルやドラマとのタイアップも、重要なファン・サービスであり、それを期待する需要も大きいのではないか。そういう疑問もあると思う。

 これに関して、浜田省吾は「青空のゆくえ」(ロッキングオン出版・渋谷陽一著)で次のように言っている。

「これは凄くいい音楽か?っていうよりも、これはブレイクするか?これは凄く売れるか?っていうところで音楽の話をしてる。(中略)例えば音楽がテレビの付属品のようになってしまったこととか、そこからしかメガヒットが生まれなくなってしまったこととか、もちろんそのビジネスの仕方ね、タイアップの仕方とか(中略)あまり僕には健全に映らないんですよね。」

これには音楽に対する浜田省吾のこだわりが垣間見える。

 つまり、音楽の提供が自らの職業的使命だと認識し、何の制約も受けずに楽曲を作りたい。そのためには、制限の多いテレビとのタイアップは避け、ダイレクトにファンに楽曲の良さを感じて貰いたいと考えているのだろう。
 だから、浜田省吾の歌を聴く事を楽しみにしているファンの目前で、力の限りアピールできるライブを重視しているように思う。
 結果として、この姿勢はファンに支持され、熱烈なライブへのリピーターを生み出している。

 マーケティングとは、とても繊細で予測が難しいものであることは前述した。多くのビジネスマンは、それを知っているからこそ、時としてマーケットに迎合したりする。
 それは、顧客像を過剰に意識して、生産者のポリシーを曲げたりするという弊害となることもあるだろう。

 生産側の意向と顧客需要のすり合わせが、マーケティング活動とも言えるが、企画者が自己のポリシーを押し通す勇気も必要と言えよう。

投稿者 : 2006年04月12日 02:33 [ 管理人編集 ]