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フロンティア精神とシステム確立

 

浜田省吾がソロデビューをした1976年の時点では、日本ではロックやR&Bというジャンルの音楽は産声をあげたばかりだった。そのため、この分野でのセールス手法は確立されておらず、何もかもが手探りだった。
 前例やマニュアルの類が無いというのは、ホントに辛いものだ。突然にジャングルへ放り出され、「今日からここで生きてゆけ」と宣告されるに等しい。

 浜田省吾自身も、好きな音楽をやっていける嬉しさはあっただろうが、不安の方が大きかったかもしれない。その心境を次のように語っている。

「 我々の時代は、ロックシーンというものがまだなかったですから、10年後を全く想像できなかったんですよ。自分はどうなっているんだか分からない。でも、とりあえず好きなことだし、これで食えているからハッピーだねという気持ちと、世の中はオイルショックで不況で就職口もあまりないし、これで成功しなかったらどうしようみたいなのと、両方あったと思いますね。ただ、何もなかったからこそ、自分で選んだ道だからという納得もありましたね。俺が選んだ道なんだという。そこは今の子たち(現在の若手ミュージシャン)と(置かれている環境が)違うかもしれない。今はシステムがしっかりと出来ていて、これとこれを組み合わせるとどうなるかとか、タイアップはしっかりとって、プロモーションはこの番組に出て、みたいなことをすでにアマチュアのミュージシャンも知っていますよね。それが良いことか悪いことかは分からないですね。」(J-POP MAGAZINE 2005年9月号より)

 やはり、浜田省吾といえども、成功しなかったらどうやって食っていこうかという不安を抱いていたようだ。
 1980年代以降は音楽市場が膨れ上がり、ミリオンセラーも狙えるビック・ビジネスとなった。しかし、それ以前はロックで生計が成り立つものかどうかというレベルの疑問もあったのだろう。

 そんな状況の中で、現在では考えられないことだが、浜田省吾もCMソングを作ったりテレビの歌番組に出演したりと、必死のプロモーションをしていたわけだ。
 しかし、ポップミュージックのセオリー通りにプロモーションをしても、結果として売れなかった。そこで、ある種の開き直りもあって、自分が大好きなバリバリのロックを作り、それをひたすらライブで披露するという形で活路を見出すことになっていった。

 そこから過去と現在の対比として、フロンティア精神とシステムの確立という特徴が分析できるだろう。

 過去においては、ほとんどの場合で前例はなく、何もかも自分達で切り開いていかなくてはならなかった。いわゆる開拓者精神(フロンティア・スピリッツ)だ。
 とにかくルールと呼べるものすら未整備で、全てが自己責任だ。失敗することの方が多いだろう。
 そのようなリスクは大きいが、逆に自由な気ままさもあったはずだ。何もかもが自分の裁量次第とも言える。そういう面では、失敗した場合も納得はできた。

 一方、現在は何もかもが整備されて、いろいろな販売手法は確立している。目標やチェックポイントは明確で、マニュアル通りに行動をすれば大きく間違うことは無い。
 マーケティング活動においても、事前に売上の予測はできてしまう。コンビニの弁当売上予測等は神業かと思ってしまう。とにかく作業に無駄をなくし、効率の向上が何よりも美徳とされる。このように販売システムは確立された。
 だが、この効率を極限まで追求すると、何もかもがマニュアル化された画一的なサービスしか提供されなくなる。マンネリってやつだ。そこには個人の思い入れや新しいアイディアが排除されてしまい、不満を抱えて仕事を続けるケースも生じる。
 浜田省吾も名曲J.BOYで「打ち砕け日常(マンネリ)ってやつを」と絶叫しているのだが・・・。

 また、ある商品のマーケティング手法が確立されてくると、昔は全工程を少人数で行っていた作業が分業化する。
 すると、細分化された作業を任された人は、その分野のスペシャリストとなる。このスペシャリストが自分の作業範囲内でしか物事を考えなくなると、そこには深刻な組織的弊害が生まれる。いわゆるセクショナリズム、お役所仕事だ。
 いくら販売システムが優れていようとも、その内部でお役所仕事が蔓延すると、そのシステムは悪性の癌に侵されたような状態となってしまう。

 このようなマンネリを打ち砕くため、浜田省吾はライブ・ツアーにこだわる。

「 シンガー&ソングライターというのは、自分が作った歌を自ら歌うわけで・・・。ステージで歌わなければその歌はオールディーズになって行くしかないんですよね。自分の作った歌をコンサートで、自分で歌うことで今の歌になるんですよ。そして、聴いてくれた人がそれを良い歌だと思ってくれれば、それは生き残った歌であり、生き残って行く歌なんですよね。」(J-POP MAGAZINE 2005年9月号より)

つまり、ソングライター(作り手)としても、シンガー(表現者)としても、現役であることにこだわっていると言えよう。単に曲作りをしていくだけではなく、それをエンドユーザーであるファンの前で演奏しようと務めている。
そこには分業化が進んだ音楽業界の中にあっても、できるだけファンの顔を見ようとする真摯な姿勢が感じ取れないだろうか。

 翻って自分の仕事を考えたとき、調査・開発から製造を経て販売に至るまで、全工程を把握してエンドユーザーの要望を知ろうとしているかが問われる。
 分業された作業だけに埋没していると、仕事への意欲も減退するものだ。

 既に確立されたシステムに乗っかっていたとしても、エンドユーザーの喜ぶ顔をイメージし、全工程を把握する気概は持つべきだろう。

投稿者 : 2006年04月12日 02:32 [ 管理人編集 ]