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浜田省吾とプライバシー

 芸能人にとって、プライバシーの確保は頭の痛い問題だろう。その苦悩は一般人からは窺い知れない。
 中にはゴシップを売名行為に利用するしたたかな著名人もいたりするが、本音は静かにしておいて欲しいところだろう。
 私生活と芸能ネタが密接に絡むお笑い芸人でも、プライバシーの侵害は有名税として受け入れるにも辛いものだ。

 浜田省吾の場合は、ミュージシャンとしてプロ意識が高いだけに、ステージや広報以外で個人的話題に触れられるのを敬遠しているように思う。
 注目されるのは音楽やステージの上であって、プライバシーを切り売りしたくないという意志を感じさせる言動も多い。

 例えば、ファンクラブの会報でも以下のような受け答えをしている。(1991年 ALL ABOUT SHOGO HAMADAより)

Q:兄弟・姉妹関係をはっきりと明記して下さい。
A:ひみつ!

Q:“生まれたところを遠く離れて”に省吾と一緒に写っているのは奥さまですか?
A:そうです。が、プライベートはそっとしてあげて下さい。誰でもプライバシーはあるのだから・・・

Q:ファンの人にしてほしくないことってありますか?
A:自宅に来ること。車の後を追いかけてくること(本当にイヤなんだ)

 このように家族や個人的事情に触れることは話題にはしたがらない。曲の歌詞では浜田省吾自身の精神的内面を描写するものも多いだけに、ファンは自己解釈の上では彼の内なる世界に容易に入ることができる。
 しかし、プライバシー開示に関して頑なな拒否反応をする浜田省吾を見て、初めて彼にも触れられたくない話題があるのだと理解する。

 トレードマークとなっているサングラスにしても、ファンの前や雑誌に登場する場合は、絶対にそれを外さない。これはサングラスによって素顔公開を拒んでいるのだ。
 普通の芸能人は、プライベートで行動するときは素顔を隠すためにサングラスで変装をする。それとは逆に、浜田省吾の場合はビジネスの時はサングラスをして、オフは素顔になる。テレビに同調しない姿勢にしても、このサングラスの活用法にしても、通常とは逆の行動をするところに浜田省吾らしさを感じる。

 また、浜田省吾は「音楽制作をしているときは仕事という意識は無く、雑誌取材やカメラ撮影を受ける時は仕事だと感じる」と語ったこともある。
 スタジオで創作や演奏をしているときはサングラスではなく、マスコミ取材には全てサングラスをしている。ここには「サングラス=仕事」という図式も成立しそうだ。
 つまり、浜田省吾は仕事に入る時はサングラスをして、オフになれば外す。サングラスをすることで、仕事モードにスイッチが入るというわかりやすいメリハリだ。それはビジネスマンがネクタイを締めるのと似たような感覚なのかもしれない。

 大抵のビジネスマンも、仕事とプライベートのケジメをつけるようにしていると思う。中には仕事と結婚をして、公私の境がボーダレスになっている人もいるかもしれないが。
 遠山も自宅開業の個人事務所のため、そのあたりの境目があいまいになる時はある。仕事が一段落して、昼寝をしているときに電話で起こされると、さすがにまずいという意識は働く。

 昔の栄養ドリンクのCMではないが、「24時間闘えますか」とはいかないものである。人は働く時は気合を入れて頑張り、仕事が終われば羽を伸ばすというシフトチェンジをして生活が成り立つ。

 よく「家庭に仕事を持ち込むな」という酒席での会話を耳にする。これはいくら仕事が忙しくても、そのストレスを妻や子供に向けてはならない。それが家庭円満の秘訣だという人生訓だろう。

 逆に「仕事にプライベートを持ち込むな」という上司の叱責を受けたことのあるビジネスマン諸氏も多いだろう。何を隠そう、遠山も企業勤めの新人の頃は、そんな教育的指導を受けてきた。
 これは小さな意味では「仕事を早々に切り上げてデートに行こうなんて考えるな」という程度の話だ。大きな意味では「個人的な縁故を利用して私利私欲を満たそうとするな」という戒めだ。もちろん、遠山が小言を貰っていたのは前者の方だ。

 そんな公私混同を避けるためにも、仕事モードに入る時はスーツを着るとか、作業着に着替える、社章を付けるといった儀式は有効なのかもしれない。すると、制服には批判もあるが一定の精神的役割は果たしていると言えよう。

 それから、芸能人のプライバシー侵害問題にはピンと来ない人も多いだろう。だが、インターネットの巨大掲示板である2ちゃんねる等に、自分の職場での失敗や部署名等を晒されたことをイメージするとどうだろうか?
 更に悪ノリをされて、自宅住所まで書き込まれた時には、誰でも堪忍袋の緒が切れるだろう。「テメー!訴えてやる。」という心境になるはずだ。

 恐らく浜田省吾もそんな憤りに身をワナワナと震わせた出来事はあっただろう。自分が不快だと思う誹謗中傷や個人情報の暴露は、厳に慎むべきだ。
 今日では、ネットを利用して誰もが公然と侮辱を受けるリスクは高まっている。そんな社会だからこそ、個人の良識が問われるといえよう。

投稿者 : 2006年04月12日 03:18 [ 管理人編集 ]